根性論を振りかざしてくる上司は嫌いだけど、根性ないと結果でないよね

根性論

「根性論」という言葉が大嫌い。サラリーマンブロガーのジョーです。

 

さて、僕のかつての上司で、「とにかく根性で乗り切れ」みたいなタイプの方がいました。そのとき僕は営業をやっていたので、「とにかく根性で電話しろ!」とか「根性さえあれば乗り切れる」と毎日言われていたんですよ。それはもうストレスが死ぬほど溜まりました。

 

僕は基本的に労働集約型の働き方が大嫌いなので、真逆のやり方を強制してくる上司を余計にストレスに感じたこともあったと思うんですが、でもいま振り返ってみると、上司の言い分にも一理あったなと。本当に一理ですが。

 

というのは、かつての上司が言っていた「根性さえあれば何とかなる」ことには未だ反対だけど、「根性ないと結果出ないよね」ということは確かにそうだなと。

 

根性さえあれば何とかなった労働生産時代

そもそも”根性さえ”あれば何とかなった時代って、数十年前の労働生産時代なら概ね当てはまったと僕は思います。

 

労働生産時代は、とにかく労働し、働けばよかった。身体を動かし、疲れても身体を動かし続ける。とにかく労働をして、時間を売って、大量に物を生産する歯車の一部として働けば、それがそのまま組織の成果につながった時代でした。

 

こういう時代においては、根性論は成り立ったんだと思います。だって極論、根性丸出しでひたすら労働していればよかったんですから。労働量がそのまま成果につながる時代だったので、やることはすごくシンプルだったんです。労働=成果です。だから僕の鬼上司も、この時代ならもっと活躍できたと思います。

 

根性だけではどうにもならない知的生産時代

一方の現代は、根性さえあればどうにかなる時代じゃないです。むしろ、根性だけではどうにもならない時代。

 

だって、今は労働生産時代じゃなくて「知的生産時代」だからです。知的生産時代において結果の良し悪しを決めるのは労働じゃない。知能を使って生み出す「価値」です。

 

iPhoneがこれだけ世に広まったのは、スティーブジョブズやApple社員が根性の塊で、死ぬほど労働したからじゃないですよね?一部の要因としてはあるかもしれませんが。根性があったから結果につながったというのは的を外れています。

 

AppleのiPhoneが世の中に広がったのは「知恵」を使って「価値」を作ったからです。ここがど真ん中。

 

知的生産時代は、知的生産という大前提が土台にあります。知的生産という土台があり、そこで最終的に実るか実らないかというところが、「根性」という幹の存在があるかないか。そう僕は思います。

 

最後は根性(GRIT)が結果を分ける

結局最後のところを踏ん張れるか踏ん張れないかの違いって、根性(GRIT)の部分が大きいと思うようになったわけです。GRITって、最近よく出てくる「やり抜く力」ってやつです。

 

最後の最後で帳尻を合わせられる人や、崖っぷちで踏ん張って結果を出せる人って、やっぱり根性(GRIT)が強い人です。僕がかつて営業で社内MVP取った時も、海外オフィスで結果出した時も、ブログで月10万稼いだ時も、全部振り返ると最後は根性だったと思います。僕の周りで結果を出してる人を見てもそう。最後の気迫というか、横で見ていて凄かった。

 

根性に逃げるな。でも根性ないと結果なんて出ない

現代って、「とにかく効率的に、無駄なことはやめようよ」という論調が多いと思います。僕も9割型そっちのタイプです。最小の労力で最大の成果を得たい人。無駄なことは極力したくない。

 

でも、今まで自分が結果を出せた時のことや、周囲で結果を出している人をつぶさに観察すると、「根性なんて結果を出すのに必要はない」というのは違うなぁと今の僕は思うようになりました。

 

だから僕は、今の自分や未来の自分にこう言いたい。「根性に逃げるな。でも根性ないと結果なんて出ない」と。

 

「知的さという土台に根性が備わった人」。このサバイバル時代で生き残る人は、そんな人だと僕は思います。

 

知的さと根性を鍛えたい人は「イシューからはじめよ」と「やり抜く力 GRIT(グリット)」は読んでおくと良いですよ。両方とも良本です。その他おすすめ本は下記より。

 

 

 

 

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